読売的言説-内と外の「危機」にどう立ち向かうか

11月1日の読売社説は、小泉首相の内閣改造を受けて[小泉改造内閣]「内と外の『危機』に立ち向かえ」と激励している。読売が挙げている内の危機とは、社会保障制度の破綻と財政危機であり、外の危機は中国との関係悪化である。誰が総理大臣になったとしても取り組まなければならない問題という意味では、この指摘は当っている。問題は、こうした危機に読売がどのように立ち向かえと主張するかである。
 社会保障制度に関しては、人口の減少と高齢化を理由に、「持続可能なものとするには、今後、給付減と負担増という痛みを国民に求めざるを得ない」として、留任の谷垣財務相と新任の川崎厚労相に社会保障費の大胆な抑制を迫っている。また、財政再建については、谷垣財務相の最大の課題は「財政の健全化へ道筋をつけることだ」として、消費税の10%台への引き上げを含む大幅な増税を示唆している。ともに国民に負担を押し付けるだけの小泉流構造改革―小さな政府―新自由主義経済政策への叱咤激励である。ここには、負担増に喘ぐ国民多数を思いやるジャーナリズムとしての想像力が全く働いていない。
 中国との関係悪化については、その原因が首相の靖国参拝にみられる日本の復古的民族主義にではなく中国の大国化傾向にこそある、とするのが読売の見解である。従って、新任の麻生外相に対して首相が「外相として取り組む課題の筆頭に、日米同盟の強化を挙げた」ことを評価して、「アジアでの覇権確立の意図」を持ち「日米分断を狙う」中国を利さないために、「米国との同盟関係を一層強化して対応すべきである」と説く。たとえ米国がネオコン的単独行動主義を強めてでも、である。そこには、中国や朝鮮をふくむ近隣アジアの諸国といかに平和で安定した共存関係を構築していくか、という日本の外交にとって基本ともいうべき視点が皆無といっていい。
 この社説からうかがえる読売新聞の最近のスタンスは、内政での新自由主義、外交における日米同盟、である。これは中曽根元首相に象徴されてきた旧来自民党的保守―利益再配分型の経済運営と復古的民族主義―から、小泉的新保守―新自由主義と国際主義―へと読売が重点をずらせ始めたことを意味するだろう。保守分裂の時代においては、タカ派的言説のリーダーもまた分岐する。産経新聞のように復古主義に固執するか、読売新聞のように新たな勝ち組に鞍替えするか。ジャイアンツや東京ヴェルディの人気凋落もあり、読売新聞もまた危機を迎えているのかもしれない。
(この原稿は「コレコン」HPに毎週掲載される読売新聞社説批判「読売的言説」2005/11/7に書いたものです。)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ホリエモンと「プロレタリ独裁」

 この三月から四月にかけて、ライブドアによるニッポン放送株買収とそれに関連してのフジテレビとの攻防がテレビを大いに賑あわせ、巷の話題をさらった格好となった。結果は、泰山鳴動ねずみ一匹で、マネーゲームの「想定の範囲」に落ち着いたが、その初期段階においてはいろいろ考えさせられた。
 ライブドアの社長、通称ホリエモンは当初「金さえあればなんでもできる」とうそぶき、過半数収得を目指してひたすらニッポン放送株を買い占めた。その核となる最初の三十数パーセントの株は、時間外取引といういわば奇襲のような方法によって入手した。その非をならすニッポン放送経営陣に対しては、「会社を買収されたくなければ、公開しなければいい」というのがホリエモンのコメントであった。その頃のホリエモンが描いていた筋書きは、過半数の株を取得しさえすれば、自ら社長となり役員の大半に自分の息のかかった人間を送り込み、日本放送の経営を全面的に支配することができる、そうなれば管理職はおのずとホリエモンの支配に協力し、サラリーマンである社員は文句をいわず従順にしたがうだろう、たとえ新しい経営方針に逆らう者がいたとしても、彼らを左遷や解雇で抑圧し、逆に昇進昇級の餌でつることで、いずれ静かにさせることができる、かくて自分の目指すITとメディアの融合という経営戦略を思い通りに推し進められる、というものだったと思われる。
 ここまで考えてみると、これはどこかで聞いたことのあるシナリオだと思い至る。「金」もしくは「株」を「権力」、「経営」を「政治」、「管理職」を「テクノクラート」、「社員」を「国民」もしくは「農民」と、さらに「左遷」を「流刑」へといいかえれば、それはまさに「プロレタリア独裁」ということになる。
 しかしライブドアのシナリオも、そのうち雲行きがあやしくなり、ホリエモンの思惑通りには行かないことがはっきりしてきた。非買収側のニッポン放送経営陣がホリエモンの支配下へ入ることに頑強に抵抗し、管理職はおろか一般従業員でさえが一致して反対行動へと立ち上がり、さらには、日本放送へ出演してきた有力タレントの多くがホリエモンへの協力を拒んだからである。この頃になると、ホリエモンにはメディアやジャーナリズムへの理解がなく、納得できる明確なビジョンがないとの批判があいつぎ、そもそも敵対的買収がうまくいくはずはないのだといった根本的な懐疑も支配的になっていた。結局、世論の支持を失ったホリエモンは日本放送の強権的支配はあきらめざるをえなかった。それは、プロレタリア独裁理論にもとづいた暴力革命によって成立したソ連社会主義の崩壊や、日本の左翼運動が戦後行詰って挫折した歴史とよく似ているとはいえないだろうか。
私が本格的にコレコンと関わったのは第二回目の合宿からであるが、そのとき求められたレジメの初めに「イラク戦争反対の運動でなぜ日本は立ち遅れたか?」と題して次のように書いた。
「もともとふつうの市民が集まり行動することで、核・戦争勢力に打撃を加え世界の反戦平和運動に勇気を与えたのは、日本の原水禁運動が嚆矢であったはずなのに、イラク戦争前夜、世界的な反戦平和の運動が高まった中で、どうして日本だけがその波に取り残されてしまったのか?それはこうした幅広い市民参加の運動の意味を、当時の左翼勢力が理解することが出来ず、それぞれの政治党派が政治勢力伸張の手段として利用することで、運動からふつうの市民を遠ざけてしまったからである。その面でここに集まった面々はそれぞれに責任を負う。
なぜそうであったかということをイデオロギー面からみれば、当時はまだ政治権力を獲得さえすればほとんどの社会問題は一挙に解決できるのであるから、すべての大衆組織・市民運動はなにはともあれ政党が権力を獲得するために奉仕すべきだ、との政治の優位性論(プロレタリアート独裁理論の各種ヴァリエーション)が多かれ少なかれ支配的だったからである」。
というわけで、日本の左翼運動をだめにしたプロレタリア独裁に代わる、新しい社会を目指す指導理念を、コレコンでの議論が生み出すことを私は期待している。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

「東京裁判」見直し論の無理

 敗戦60周年の8月15日付読売新聞には、「『戦争責任』を再点検したい」との社説が載った。その論旨は、靖国神社への合祀で問題とされる「A級戦犯」問題について、彼らを戦犯とした「東京裁判」の正当性から論じなおすべきだ、というものである。その論拠の一つとして、「東京裁判そのものは勝者による敗者への儀式化された復讐」としたインド代表パル判事の意見を紹介している。東京裁判を「勝者による敗者へ押し付けられた一方的な裁き」とする論は、「押し付けられた平和憲法」という議論と同根であるが、こうした議論には二つの大事な視点が欠落している。一つは「戦争と平和」に関する歴史的な流れであり、一つは日本国としての国際的なコミットメントである。
 文明段階に入って数千年、人類は戦争を絶やしたことはない。戦争は始まってしまえば、相手を負かすことが最大の目的で手段は問題ではない、という考え方が存在したのも確かである。しかし20世紀に入ってからは、戦争を起こさないように国際的に協力する様ざまな試みが繰り返され、たとえ戦争が起きても出来る限り人道に反さない枠内にとどめようという努力が積み重ねられてきた。こうした大きな歴史の流れで見るならば、日独伊枢軸が平和への国際世論に逆らって引き起こした戦争と、その過程で犯した各種の戦争犯罪は、国際的に批判され裁かれるのが当然であろう。終戦の時点では、東京裁判を主催した連合国側は、単なる戦争の勝者であっただけでなく人類史における道義の勝者でもあった。国際連合はこの連合国の道義を憲章として掲げて発足したものであり、国連が否定されない限り東京裁判は当時も今も正当性を持っている。
 もう一つ忘れてはならないのは、日本はサンフランシスコ講和条約において東京裁判の判決を明確に受諾したという事実である。これは日本が国際社会に復帰するに当たり、上に述べた国際的な価値観を受け入れたことであり、過去に日本がアジアで起こした戦争の不当性を認めたことで、その前提に立って政治を行うという国際公約である。この条文を含むサ講和条約と戦争放棄を明言した現行憲法を担保として、日本は過去の戦争で被害を与えたアジア諸国からも受け入れられたといっていい。もし、こうした歴史的経緯にもかかわらず、「A級戦犯は犯罪人ではない」とする議論を蒸し返そうとするならば、戦後平和主義にもとづき戦後60年かけてようやく確立した日本のアジアでの基盤は失われかねない。
 前日14日の読売社説には、日本の目指した国連安保理拡大決議案が断念に追い込まれたのは「日本政府が総力あげて取り組んだ外交の失敗を意味する」とある。その挫折の原因として、米中の強力な反対とともに、アジア諸国の支持がえられず反発されたことをあげている。総理大臣がA級戦犯を合祀する靖国神社に公式に参拝し、閣内から東京裁判は間違いだったという発言が出るようでは、アジア諸国が日本の安保理常任理事国入りに懸念を持ち反対するのは当然であろう。
(本文は、「コレコン」ホームページに毎週連載される「読売的言説」の8/15号に載せたものの転載です。)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今、何を問題とし、何を考えるべきなのか

 「日暮れて道遠し」という成句をまくらに使った中野重治の小説『日暮れて』を読んでから四〇年近くが経過した。その時は他人事と思われた「日暮れて」という言葉も、なんとなく身近に感ぜられる歳となったが、「道遠し」かどうかははっきりしない。中野重治のように明確な理想や目標を持っては生きてこなかったせいであろうか。
 それでも当時は理想を夢見たし社会変革への期待もあった。
 一昨年、卒業後四五年にして初めて中学校の同期会が開催された。「今思うことは」というテーマで発言を求められたので、深く考えずに「人生の最後は再び左翼に生きる」といきまいてしまった。当時の担任(すでに停年を迎えて引退していた)からは「牧クン、カッコよかったわよ」といわれ、さらに「左翼といってもいろいろあるでしょうが、めざすのは戦争、差別、貧困からの解放だと思います」という手紙をもらった。たしかに、時代が変わって左翼の役割に変化が生じたのは当然だが、こうした原理は私が左翼を志した昔も今も少しも変わらず生きているし、これからも生き続ける歴史的に正当な目標といっていい。
 しかし変わった点もたしかにある。もし当時はあって今は色あせた左翼のスローガンを挙げるとすれば、「階級闘争」「革命」(多分に暴力的な)および「社会主義」などはまず筆頭に来ることだろう。これらは本来手段であって必ずしも目的ではないのだが、当時にあっては左翼の左翼たる所以となるテーゼだった。
 階級闘争による急激で全面的な権力の奪取と強権的な社会変革を意味する革命が、日本で運動のスローガンとなりえなくなったのは、大衆化社会を背景とした議会制民主主義体制がそれなりに確立したためである。もはや単一の価値観で運動する階級は存在せず、権力の移行は選挙を通じてのみ行われ、その選挙の結果を左右するのはマスコミに影響される移り気で多感な有権者であり、一方で経済界はマスコミを一定程度支配することができる。たとえ選挙で左翼が多数派になったとしても、ラジカルな社会変革を可能とするだけ持続する保証は全くない。何らかの手段で一度でも権力を奪取しさえすれば、あとは「プロレタリ独裁」でなんとか反対派を押さえ込むことができる、という革命状況はもはや日本には起こりえないといっていい。
 社会主義のイメージダウンは、いわずとしれたソ連を筆頭とする旧「社会主義国」の崩壊である。ソ連・東欧諸国は真の社会主義国ではなかったという今さらの議論は、正論ではあっても、とうてい有権者大衆の理解するところではないだろう。なんといっても、左翼の大半がソ連・東欧諸国を社会主義国とみなしほめたたえてきたにもかかわらず、それが市民的自由のない民衆抑圧型国家であり、おまけに市場経済に遠くおよばない不自由な物質生活しかもたらせなかった最悪の社会であった、ということを当の左翼が認めてその崩壊を歓迎したのであるから。もはや「社会主義」では選挙で票は取れない。
 一方で、資本主義を擁護する保守勢力は左翼の失点に乗じて元気を取り戻し、競争原理、自己責任、市場経済、小さな政府、規制緩和、民営化、構造改革、グローバリゼーション、等々と新自由主義的スローガンを繰り出し攻勢に転じている。結果として、達成するべき歴史的に正統な目標が残っているにもかかわらず、左翼は孤立し追い詰められつつある。最後を左翼で生きるかぎりは、そんな状態で終らせたくないと思うのは当然であろう。
 というわけで、左翼が「今、何を問題とし、何を考えるべきなのか」について以下私なりにまとめてみた。
 「いま何を問題とするか」ということでは、戦後左翼運動の弱点についての反省をまず挙げたい。その弱点の最大なものは、「革命」と「社会主義」を無化する要因でもあった市民的自由と民主主義の軽視であり、そのコインの裏面ともいえる政治の優位性への過重依存であろう。権力さえ握れば後はどうとでもなるとの思い込みが、民主主義的な議論や手続きを軽視させ、社会のあらゆるレベルで無用なヘゲモニー争いを助長し、左翼の分裂を正当化した。左翼運動における市民的自由と民主主義の徹底こそ当面最大の問題である。
 「いま何を考えるべきなのか」ということでは、現状を攻勢的に支配している新自由主義といかに対抗していくか、を緊急の課題としたい。新自由主義の諸政策は確固とした意志にもとづいた広範で一貫したものである。その意志とは、富める者がより豊かになる可能性は国民大衆によりいささかも制限されることがあってはならない、が、その事実は情報操作により隠しておくべきだ、というものであろう。それは貧困の撲滅も一応は考慮の対象としていたこれまでの保守主義とは明らかに異なる、あからさまな富者独裁といっていい。しかし「帝国」時代のこの独裁は、議会制民主主義のもとで進められる独裁であるだけに、ファッシズムより手ごわい相手だともいえる。政治的に対抗するには、社会民主主義や市民運動、共産党をも結集することが不可欠であろう。それをどう実現するか?その基盤になるのが先に挙げた左翼における市民的自由と民主主義の習熟だと思われる。
 しかし、新自由主義に政策的に反対するだけでは左翼の勝ち目は薄い。新自由主義側が「競争する社会」というはっきりした世界像を示し、それが「平等な社会」を旨とした「社会主義」崩壊後の理念として、本来その社会では敗者と運命付けられている有権者大衆にさえ広く受け入れられているからである。左翼は「もうひとつの社会は可能だ」と叫ぶだけでなく、もうひとつの社会についての理念そのものを掲げる必要がある。私はそれを「援けあう社会」として「競争する社会」に対抗させたいと考えている。
 「援けあう社会」は理念としてはあまりにもナイーブに過ぎるかもしれない。しかし単純であるがゆえにイメージを喚起し力を持つこともあるだろう。この理念は先に述べた「戦争、差別、貧困からの解放(自由)」をすべて包含し、その実現の方法として従来の労働組合運動だけでなく、生活者・消費者の消費協同組合運動や労働者・生産者の非営利・協同の生産協同組合運動などをも示唆する。もちろん左翼が提唱する将来の理想社会についてはいろいろな議論があっていい。肝心なのは理念を実現するのだという強い意志をもつことである。「社会主義」崩壊後の左翼に失われた最大のものは、新しい社会を創造するというはっきりした強い意志かもしれない。
 「なにが人間に自由をあたえることができるか、わかるかい?意志だよ。自分の意志だよ、それは自由よりももっとすばらしい権力だってあたえてくれるんだ。望む力があれば――自由にもなれるし、支配することもできるようになる」(ツルゲーネフ『初恋』)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

行列のできるラーメン屋

武蔵というそのラーメン屋は新宿からお滝橋通りをすこし大久保に寄った右手にある。
そのあたりには新宿税務署や都税事務所があるのでよく昼間通りかかるし、
新宿で飲んで歩いて帰るときには夜も通る。
そのたびに、午後の3時でも夜の10時でも、路地にまで並んで待つ客の列が気になっていたものだ。
およそ麺というもの嫌いでない私としては、ぜひ一度その店のラーメンを味わってみたいと考えていた。

 ところがその横を通るたびに、あまりに並んでいる客が多いのに気おされて、
つい次の機会にしようと諦めてしまっていた。
 ところが先日は、中途半端に新宿で飲んだので帰途は8時頃となり、
待つ時間はたっぷりとあり、行列も短かったので、その機会に入ってみることにした。 

 最初であるから基本に忠実に、まずはラーメンの食券を買い、
あっさり味とコッテリがあるというからあっさり味を注文した。
値段は700円でまずまずである。立って待つこと約30分、
カウンターに座って待つこと5分にして、ようやく待望のラーメン目の前に届けられた。

 がっついていると思われないようにすばやく上から眺めてみる。
海苔、チャーシュー、シナチクと具はそろっている。
海苔は黒光りしているし、チャーシューは厚くて柔らかそう、シナチクはたっぷりとある。
まずは合格といえようか。
 次いで、ラーメンの通ならば匂いを嗅いで見るところなのだろうが、スープをすすってみる。
味の中心は鰹節だしでしっかりした味であるが、鶏ガラでスープを作っているのか、あっさりというほどではない。
 麺は撚りのないまっすぐな太麺で湯で加減もちょうどいい。
たしかに700円のラーメンとしては文句のつけようのないものであり、
評判になるのも無理はないだろう。

 日本橋にオフィスが移ってからは、ラーメンはもっぱら神田駅の近くにある幸楽苑という店に行くことにしている。
 最初は創業昭和29年という看板に引かれて入ったのだが、
ラーメン390円という値段もさることながら、昔ながらの醤油味のよさに感心したからでもある。
390円といっても具は海苔、チャーシュー、シナチクとひととおり揃っている。
チャーシューはやや薄く味もだしを取った後のように頼りないが、それでも見た目は豪華である。
 そんなわけであるからこの幸楽苑も、昼時には通りに長い行列ができそれなりに人気はある。
ただ、私が行く1時過ぎにはまず待たされることなくすわることが出来るし、
注文すればそれほど待たされずにでてくる。ここのところが武蔵とは違う。

 私はラーメンを食べるときは、どんなに美味なものでも、店に入ってカウンターにすわれば時を経ずしてラーメンのどんぶりが現れる、というのを理想としている。
 また、ラーメンは安い食べ物でなければならないとも思っている。
従って、武蔵のラーメンはたしかに美味しく値段も妥当であるが、わざわざ並んで待ってまで食べる価値があるとは思えない。
 幸楽苑のラーメンよりたしかに美味しいとしても、値段比で1.7倍も美味しいわけではない。
というわけで、武蔵の前にはなぜいつも行列が出来ているか、私には謎である。

 同じように長い行列のできる有名ラーメン店が都内には何軒もあり、その何軒かには私もいったことがあるが(その中にはやはり鰹節味の大勝軒もある)、感想は今回と似たようなものだった。

 これはある意味で日本人の事大主義のあらわれではないか、と思わざるを得ない。
いったん何か権威のあるもの、新聞とか週刊誌だとかテレビの番組で取り上げられれば、多くの人にとってそれが美味のお墨付きとなる。
 自分に自信がないものはお墨付きをたよりにしたがる傾向があるが(現在の学校教育はそうした傾向を助長している)、味についてまでその傾向が浸透しているのだろう。

 そもそも美味しいか不味いかは主観的なものであり、自分が美味しいと思えばそれでいいわけで、何も他人の評判を気にする必要のない分野のはずである。
 客が並ぶようになるまでは、たしかに料理人の努力と工夫があったのであろうが、いったん有名になってから来るのは権威に引かれてやって来る客で、それを見てまたやって来るのはたんなる野次馬でしかない。
 最近は不景気のせいでラーメンを扱ったテレビ番組が多くなったためなのか、ラーメンの味における進歩には目を見張るものがある。どこの店に行ってもそれほど大きな差はなくなったといっていい。
 
安くてさっと食べられるところにラーメンの醍醐味もあるのだし、なにも長い時間を並んでまで食べなくてもいいのではありませんか。b

| | Comments (1) | TrackBack (0)

晩節を汚すとは

先日、週刊誌の吊り広告で、晩節を汚した経営者としてダイエーの中内功と
西武の堤義明の両氏を並べて取り上げる記事のあるのを見た。
「球団を手放す日」とあったから内容はプロ野球がらみの記事だったのだろうが、
何かおかしいな、という気がした。

 最近になって堤氏が問題とされたのは、西武鉄道の有価証券報告書への虚偽記載であり、
その発覚前に株を売りさばいたのはインサイダー取引ではないかの疑いもかけられている。
それは明らかな法律違反であり、場合によっては詐欺とみなされかねない犯罪行為である。
晩節を汚したといっていい。

 一方の中内氏の科は、自ら創業したスーパーマーケット「ダイエー」を倒産に至らしめる
経営上の失敗であり、その経営責任はすでに四年も前に取っている。
商売の栄枯盛衰は浮世の常であり、たんなる経営上の失敗はそれほど責められるべき話ではない。

 二人とも年老いてから躓いたという面では共通しているかもしれないが、
それを「晩節を汚す」で一緒くたにされては中内氏が気の毒である。

 それに晩節というからには若い頃の節もあるはずだが、堤氏の方は父親が築いたコンツェルンを引き継いだだけで、自らこれといった功をなしたわけではない。
一方の中内氏は一介の小売店を全国ブランドの流通チェーンまで育て上げたのであるから、
若い頃はそれなりにがんばって成果をあげたわけである。
その意味でも堤氏と中内氏を並べて括るのは正確ではないだろう。

 なにも中内氏を擁護しようというわけではないが、こんなことを書くのも、
中内氏を持ち出すことでもっと厳格になされるべき堤氏への批判があいまいにされてはいけない、
と思うからである。

| | Comments (2) | TrackBack (0)